自由旅クリエイターにじねこMiiのブログ

旅や地域の魅力を発信するライターです。母になってからも好奇心は旺盛!いつもアンテナ張り巡らせて楽しいこと探してます。おもしろいモノ、おすすめのスポットをブログで発信中♪

かたちのないもの

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目の前で淹れてもらうと
なんでこんなにおいしいんだろう

 

コーヒーを淹れるときの
ひとつひとつの丁寧な動きとか

 

集中してるときの
ピンと張りつめた感じとか

 

挽きたてのコーヒーの香りとか

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カウンターに流れるゆったりとした時間

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べつになくても困らないものだけど

 

そういう形のないものが
きっとしあわせをくれるんだよね

 

 

 

 

思春期の娘と結婚について語る

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最近、夜寝ようと布団に入ると、中1娘が隣から話しかけてくることが多い。

 

日中はこちらが話しかけてもろくに返事もしないし、口癖は「めんどくさい。」だ。いつもイライラ不機嫌で、時々「チッ!」と舌打ちまでする。にもかかわらず、夜になると話しかけてくるという、この不思議な法則。

 

娘としては明かりも消えてるし、布団に入ってリラックスした状態だから、きっと話しやすいんだろう。 

 

「ママはもう眠いから、明日にして。」と言いたいところをグッとこらえて、耳を傾ける。彼女が聞いてほしいときに話を聞いてあげなければ、きっともう自分から話してはこないだろうから。

 

この日は他愛ない話から、いつの間にか結婚の話になった。

 

「10年付き合ったからって、結婚するとは限らないんだよ。タイミングの問題もあるから。」などと、こちらも自分の娘相手にオトナの恋愛について語ってみる。

 

そのうち娘から、こんなストレートすぎる質問が飛んできた。「こんなこと縁起でもないけど、もしお父さんが死んじゃったらママ再婚する?それともお父さんを愛し続けて(?!!)ずっと結婚しない?」

 

(うーーん、どうだろう.......???)

 

私「分かんないけど、でも一緒にいて幸せだって思う人と巡り会えば、もしかしたら結婚するかもね。」

 

娘「じゃあ、『子どもにはお父さんがいた方がいいから』って理由で結婚することはある?」

 

私「それはないな。だってさー、『子どものために』って理由で、たいして好きじゃない人と結婚したって幸せじゃないじゃん?ママが幸せじゃなきゃ、〇〇(娘)だって幸せじゃないでしょ?」(←半分押しつけ)

 

「それに、逆にもしママが死んじゃったとしても、べつにお父さんにずっとひとりでいてほしいとは思わないな。だってママはもう現実的な幸せをお父さんにはあげられないんだから。もしお父さんがいい人と巡り会って幸せになれるんだったら、もちろん全然結婚していいと思う。」

 

なんで夜中に娘とこんなことを話してるんだろう?と途中思わなくもなかったけれど、逆にこういう時間帯だからこそ話せたのかもしれない。

 

実際には起きてほしくないことだし、もし自分が本当にそんな状況に直面してしまったら、どうするのかは分からない。

 

でも反面、自分の人生でいつ何が起きるのかは誰にも分からないってことは、今まさにみんなが分かっていることだ。

 

そしてさらにいえば、「でも自分だけは大丈夫!」と思ってる人がほとんどで、だけどその自信にはまったく根拠がないということだって、じつはみんな分かっているのだ。

 

思いがけず深い話になった真夜中のふとん談議。毎日はちょっと眠すぎるけど、たまにならこういう時間もいいのかもしれない。

 

 

ソウルのおばちゃんとヤクルトー韓国ー

知らない街に行くと、あてもなくぶらぶらと歩くのが好きだ。この時もソウルで路地裏探検をしながら、ガイドブックでみた「汗蒸幕(ハンジュンマク)」を探していた。「汗蒸幕」というのは韓国の伝統的なサウナで、どうやらここでアカスリもできるらしい。韓国に行ったら一度はやってみたいと思っていた。

 

訪れたのは20年前。ソウルの街中の看板は当たり前だけどハングルであふれていて、お目当ての店があってもなかなか見つけられないこともしばしばだった。漢字や英語ならまだどんな店なのか推測のしようもあるが、ハングルとなるとお手上げだ。文字を逆さまに書かれたとしても、多分私には分からないだろう。

 

その時もたどり着いたらラッキーくらいの気持ちで歩いていた。市場のような細い路地裏に迷い込み、韓国語が飛び交う雑踏を奥へ奥へと進む。初めて嗅ぐ匂い。見なれない食材が吊るされた店の軒先。こういうカオスな雰囲気が旅を実感させてくれる。

 

この時は運よく、お目当ての汗蒸幕に行き着くことができた。生まれて初めてのアカスリの店は、どうやら観光客がよく来るようなところではなかったようだ。店内も地元感満載で、外国人らしき人など一人もいない。

 

中に入ると湯船があり、隣接してアカスリエリアらしきところがある。きっとその時の私は伝統の汗蒸幕も体験したんだろうけど、アカスリの印象があまりにも強烈すぎて、もうそれしか覚えていない。

 

ベッドに横になると、アカスリおばちゃんのなすがまま。もちろんこちらはすべてをさらけ出している。とにかく全身くまなく、表も裏もスリスリされたと思う。最初は恥ずかしい気持ちしかなかったが、だんだん開き直り、最後はもう「何でもこい!」って感じ。

 

終わったときには身も心も清々しかった。おばちゃんはただひたすらアカスリの任務遂行に忙しかったし、会話らしい会話をした覚えもないのだけど、終わる頃にはおばちゃんに密かに親近感すら覚えていた。何しろおばちゃんはもう私のすべてを知っているからね。

 

常連らしきおばちゃんたちのネイティブ感あふれる韓国語の会話を聞きながら、最後に受付に立ち寄る。

 

すると受付おばちゃんが私に何かを手渡してくれた。

 

ヤクルト!

 

え?なんでヤクルト??

 

頭の中がまたカオスになりながらも、一瞬で飲み干す。アカスリのあとにはサイコーのドリンクだ!ちょっと物足りないところがまたいい。

 

そのヤクルトが、いつも最後にお客に渡しているものなのか、それともたまたまその時にあったからくれたものなのかは分からない。でも少なくとも、私が外国人であることは分かっていたはず。

 

その私にさりげなくヤクルトをくれたのがなんだか嬉しくて、やっぱり来るならこういうディープなとこよね!とあらためて思ったのだった。

 

 

読んでいただきありがとうございます。

 

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cmiyumiyu.hateblo.jp

 

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シチリアの彼女ーイタリアー

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その日シチリア島に降り立ったのは午後9時半。長い旅だった。

 

前夜にドイツ・ミュンヘンを発ってからほぼ24時間。ようやくシチリアカターニャに着いた時には心底ほっとした。迎えに来てくれた友人ジゼラの車に乗って、彼女の地元である内陸部の小さな街までさらに1時間半。疲れ切った体に連続のカーブがこたえる。ようやくたどり着いたジゼラの家では、お母さんがごはんを作って待っていてくれた。

 

ジゼラとは9か月前、オーストラリアの現地ツアーで知り合い、意気投合したのだ。そして今、このシチリアの小さな丘の上の街で再会を果たしていることが不思議だった。これから私はジゼラの家に1週間滞在するのだ。

 

辺鄙な片田舎の街ゆえ、道で会うのはみんなジゼラの知り合いで、そのたびに紹介されるのだがとても覚えられない。一方、相手はみんなすぐに私を覚えてくれた。何しろ私はこの街に来た初めての「アジア人」らしいから。

 

1週間の滞在中、私はジゼラやその友人たちと一緒にいろんなことをやった。自転車で隣町までサイクリングに行ったり、ドライブに出かけたり、街の小さなカフェで丸いパンにのせたレモンのグラニータ(シャーベット)を食べたりもした。

 

そんななかでも印象的だったのは、街のフェスティバルだった。それはどうやらサン・セバスティアーノという守護聖人のお祭りで、数日間かけて盛大に行われた。夜11時くらいから教会に行ったり、コンサートやダンスタイムがあったり、馬のパレードが街を練り歩いたりと日本のお祭りとはまったくべつのものだ。

 

サン・セバスチアーノをのせたお神輿にみんなぞろぞろとついていき、各家でワインとビスコッティをもらう。こんなに地方色、宗教色の濃いお祭りに参加したのは、後にも先にもこの時だけだ。どこもすごい人混みで、街のみんなはこのお祭りをとても誇りに思っているようだった。

 

ジゼラはふだんシチリアの別の街に暮らしながら学生をしていた。この時はちょうど私の訪問と地元のお祭りが重なったこともあり、私を実家に連れていってくれたのだと思う。私が滞在している間も、彼女は毎日必ず自分の勉強の時間をとっていたし、いつも努力家だった。だって彼女には「ジャーナリストになりたい」っていう夢があったから。

 

シチリア滞在も終わりにさしかかったある日、私はジゼラとお母さん、そしておばさんの4人で海水浴に行った。山から海へと下っていく途中、目に飛び込んできたのはどこまでも真っ青な海。ジゼラと出会ったオーストラリアの海はどこまでも明るく、活気に満ちた印象だったが、シチリアの海はもっと落ち着いた静けさをたたえていた。

 

そのビーチは日本人がくるような場所ではなく、みんな物珍しげに私を見ていたのを覚えている。見知らぬおじさんが海に入る私にたずねてきた。

 

「何かカンツォーネを知ってるかい?」

 

「もちろん!」といって私は「オーソレミオ」と「サンタルチア」をイタリアの海で思いきり歌った。周りは大いにうけ、私も久々にお腹の底から日本語で歌っていい気持ちだった。

 

どこまでも広がる濃いブルーの海を目の前に、大きなサンドイッチとトロピカルフルーツのグラニータを食べる。照りつける太陽の下で感じる潮風が心地よい。

 

ジゼラとふたりだけになったとき、ふと彼女が母についてぼそりと話し始めた。

 

「母は私がいくら何かでベストを尽くしても、決してそれには満足しない人なの。」

 

いつもいつも、母はさらにその上を求める。そして私はもうそれにうんざりなのだ、と彼女は少し疲れた表情で言った。突然の告白に私は返す言葉がなかった。この数日間ではまったく気づかなかったことだ。

 

しっかり者で努力家のジゼラは、母の期待に応えなければという気持ちに常に追われてきたのだろう。そしてその真面目な性格ゆえ、自分を追い込んでしまっていたのかもしれない。

 

そういえば少し前、人口2,000人の小さなこの街を「素敵なところだね!」と私が言った時、ふと彼女は呟いたのだ。「もちろんこの街のことは大好きだけど、私はこの街から出たいの。小さな街だからね。みんながお互いのことを知ってる。」

 

強くて、頭がよくて、凛としていて、同性から見ても魅力的なジゼラ。でもそれは本当は、彼女が懸命に作り上げてきた虚像だったのかもしれない。

 

幸いにして、彼女の父はいつも味方でいてくれるという。「成績がどうであろうと、お前がHappyならお父さんはHappyだよ。」と。その言葉がこれまで彼女を支えてきたのだろう。そして多分これからも。

 

その日の帰り道、カーブ越しに見た水平線は来たときよりももっと深く、濃いブルーの色をたたえていた。

 

今の自分の世界を飛び出してこそ見えるふたつのものとは?

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以前海外を一年半旅した時、のちの自分の人生に大きな影響を与えたことがふたつありました。

 

ひとつは世界には様々な考え方や価値観があると知ったこと。

 

旅先ではいろんな人に出会います。その国に住む人だけでなく、ほかの国からのバックパッカーにも。言葉も宗教も全然ちがうそんな人たちと出会うことで、今まで知らなかった世界がたくさんあることを知りました。

 

これまで自分がいた世界は、日本の中で作り上げられたもの。その価値観が全てだと思っていたけど実は違っていたのです。そして日本の価値観だけにがんじがらめになるのはもったいないと思いました。

 

いろんな考え方に触れて「自分はこう思うけど、そういう価値観もあるんだね。」と受け入れられるだけで、自分自身もずいぶん心が軽くなるし、世界も広がる気がします。

 

そしてもうひとつ。自分の視野が広がるのと同時に気づいたこと。それは日本のよさでした。

 

海外をずっと旅していると、日本では当たり前すぎて意識しなかったことにハッとさせられることがたくさんあります。それに海外の人の方が日本についてよく知っていて、相手から質問されるとこっちが答えられないということもけっこう多いのです。そしてそれが逆に、私が日本について振り返るきっかけになったんだと思います。

 

たとえばそれは日本の歴史や伝統についてだけではありません。私たちのごく日常にある言葉や食、文化などについてもです。身近すぎるからこそあらためて考える必要もなかった些細なことの数々。こういうことって、案外外からの視点が入りこむことで初めて気づくものなのかもしれません。

 

そしてこれはじつは日本の中でも同じことがいえるんじゃないかと最近思うのです。

 

つまり今まで生まれ育ってきた場所をいったん離れることでこれまでいかに小さな世界にいたかに気づくことができる」ということ。

 

そして一歩外の世界に出ることによって、逆に「これまでいた場所の気づかなかったよさを知る」ということです。

 

 

私自身は山形で高校を卒業したあと、関東で学生生活を送るようになって初めて知ったことがたくさんありました。学校にはそれこそ、いろんな所から学生が集まっていたし、東京近郊から通う学生も多い。山形を離れて初めて、これまで自分が知っていた世界とは違う価値観があることを知ったような気がします。

 

たとえば電車や車に対する考え方ひとつにしても、都市部と地方ではまるで違います。電車が毎日の足である都市部では、車がなくても何とかなる。でも地方ではそうはいきません。場合によっては一人一台必要なくらい、車は生活に欠かせないものです。こんなこと、山形に住んでいた時には考えもしなかったことでした。

 

また地元を離れることによって山形のよさも知ることができたと思っています。田舎だし、不便な場所かもしれない。でも、じっと寒さや地吹雪に耐えたあとに迎える春の喜びを私たちは知っています。そして四季折々の自然の美しさも。

 

それに山形でふだん何気なく食べていたごはんが、実はとてもおいしかったのだ!というのもこちらに来て初めて知ったことでした。どれもすべて、外の世界を知らなければ分からなかったこと。

 

これは逆のこともいえるでしょう。都会で生まれ育った人が田舎暮らしを経験して初めて気づくことも多いかもしれません。

 

たとえば地方の小さな町では概して人間関係が密だし、お互いがお互いを知りすぎていて煩わしい部分もあると思います。でも半面、その付きあいゆえに助けられることだってあるでしょう。

 

田舎には田舎の価値観、都会には都会の価値観があります。どちらがよくてどちらが劣っているわけでもない。両方ともいい面も悪い面も隣り合わせなんだと思います。

 

今はもちろん、たくさんの情報をネットで知ることができる時代です。でも何かを「知識」として知ることと、自分の「実感」として知るのとでは大きな違いがあります。今いる小さな世界から一歩踏み出すことで手に入れられるものは計り知れない。

 

もちろん自分が慣れ親しんできた土地でずっと暮らし、充実した人生を送っている人もたくさんいます。

 

でももし外の世界を知りたい気持ちや、そのチャンスがあるのであれば、ぜひその一歩を踏み出してみてください。その先には、きっとこれまでとは違う世界が広がっているはずです。

 

 

読んでいただきありがとうございます。

 

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ほんとの友だちは

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娘よ
ほんとの友だちは少しでいい。

 

自分の人生を通して
緩く長くつながれる
何人かに出会えればいいんだよ。

 

その人はもしかしたら

 

明日学校で初めて
話をする子かもしれないし

 

20年後に一緒に
仕事をする誰かかもしれない。

 

いつどこで巡り合うかは
分からないから
出会いは大切にしないとね。